あなたは、ご自分のルックスに自信がありますか?
実は、私の美白道は、自分自身が不美人だというコンプレックスからスタートしています。女性は自分がどんなふうに見えるかに気を遣いますが、年ごろになった私が直面したのは「世間一般からするとわたしは不美人」という厳しい現実でした。そのとき思い出したのが、親から教えてもらった“色白は七難隠す”という古い格言。「そうだ!親から譲り受けた顔の造作は変えられないけれど、肌は努力次第でなんとでもなるかもしれない」そう気づいたのがすべての始まりです。そのときは、まさか将来これを仕事にするとは思ってもみませんでした。当時はまだ、タカラヅカの美しいスター達に憧れ、少しでも美しくなりたいと努力する普通の女の子だったのです。
よく『美容業界は長いのですか?』と聞かれますが、私がこの業界に入ったのはわずか4年前(2007年現在)。全く異業種からの転身です。芦屋に生まれ、芦屋で育ち、名門女子校である武庫川学院でお嬢様教育を受け、何不自由ない生活を送っていましたが、歌や踊りのレッスン漬けの毎日を送った末、ミュージカル女優をめざして受験した宝塚音楽学校(宝塚歌劇団)にも、劇団四季のオーディションにも落ちるという苦い挫折を味わうことになります。幼い頃からの夢が破れ去り、その後は目標もなく1年ほどフリーターをしていました。金銭面でもドン底でした。すると、「自分の力でお金儲けがしたい。せめて大好きな日舞のお稽古は続けたい」と思うようになりました。歌と踊り以外に特技もない私が見つけたのが、大手企業の営業職。ところが、思いがけなく抜群の営業成績をおさめ、トップに立つことに。想像もしていなかった新たな才能の開花に、今度は「会社経営者になりたい」という夢をもつようになりました。そうして、3年間の会社生活を経て、ついに25歳で私の夢の会社「美白工房」が誕生しました。
美容や化粧品を扱う会社を創るからには、よほど自分の肌に自信があったのだろうと思われますが、私が現在の肌を手に入れるまでは決して平坦な道のりではありませんでした。“自分は不美人”というコンプレックスの反動でメイクが大好き。昔は“塗って、塗って、さらに塗って・・・”という感じで、少しでも自分を綺麗に見せたい一心で、ひたすらメイクをしていました。また、社会人になってからは、仕事で強いストレスを感じ、自己コントロールに悩み、経験したこともないようなひどい肌トラブルに何年も悩まされました。でも、「不美人の私が肌まで汚ければ本当に人生おしまい」です!この人生で最悪の肌状況を打破する為に、美容知識を一から勉強し直し、エステのこと、美容業界のことを学び、自分の力で色白美肌を取り戻しました。その経験から独自の美白メソッドを考案し、美白工房を設立し、直営サロンをオープンするに至ったのです。
でも、今だからこそ言えるお話があります。実は、美白工房設立当初、私は“素肌美”を提唱する会社の代表者でありながら、なかなか自分の素肌に自信を持つことができませんでした。今でこそ“ノーファンデ主義”と言っていますが、それまでの私にとっては、ファンデーションなしで外出するなど、裸で外を歩くのと同じぐらい恥ずかしく勇気がいること。どうしてもファンデーションを手放すことが出来ずにいました。けれど、日々お客様と間近で接する仕事ですから、自分自身に嘘があってはお客様が本当に美しくなるお手伝いなど出来るはずがありません。「私がこれではダメだ!」と一念発起し、改めてスキンケアや食事、生活を改善し、体内浄化を図り、ついにファンデーションをやめる決意をしました。逆に、そんな私だからこそ、肌トラブルに悩みながらもメイクを控えられない女性の気持ちが理解でき、最適なアドバイスが出来ると思うのです。
あるとき、インターネット通販ビジネスの勉強をしていると、本の中に『サイト経営者の顔写真を出すと、顧客に安心感が生まれる』という一文を発見しました。美白化粧品会社の社長の素肌は、何よりその商品を使う女性の未来像、ほんものの証となるはず。私は、早速カメラに自信のある知人に顔写真を撮影してもらい、美白工房サイトにノーファンデの私を大きく掲載しました。その効果は驚くべきもので、中には『後谷さんみたいな肌になるには、どんなお手入れをすればいいのですか?』と直接お電話をくださる方もいらっしゃり、人生相談のようなお問い合わせまで多数頂くようになりました。
今では、エステサロンの仕事でも、テレビや雑誌の取材を受ける時でも、ノーファンデが当たり前です。そして、多くの女性誌で『関西で美白のカリスマといえばこの人!』と決まり文句のように紹介いただけるようになりました。昨年(2007年)にはテレビ取材も受け、おかげさまで“美白のカリスマ後谷地歩”は、着実に全国区に広まっています。また、2007年夏に発売した美白のカリスマ・オリジナルコスメ「銀花」シリーズも多くのお客様にご指示を頂き、「すべての女性に真の美しさを届けたい」という私の夢はとどまるところを知りません。すべてはコンプレックスからのスタート。人は、マイナスをプラスの力に変えて大きく飛躍できるのだと信じて、今日も頑張っています。
- 後谷地歩 (ウシロダニ チホ)
- 1977年11月1日生まれ (さそり座・AB型)
- 兵庫県芦屋市生まれ (現在、芦屋市在住)
- 特技・・・日本舞踊
- 武庫川学院短期大学卒業(栄養士資格)
- JAAアロマコーディネーター協会正会員
- JAAアロマコーディネーター協会インストラクター資格
- ブログ「女社長地歩の美白日記」掲載中
附属中学から短大まで武庫川学院で学んだ後、大手企業に入社。営業部門でトップとなり、会社史上最年少の23才で営業管理職に抜擢される。その頃から肌トラブルに悩まされるようになり、多種多様の美容法を実践し、自力で肌トラブルを解決したことがきっかけで起業を志す。
2003年 25歳で美白工房設立,、サロン・ドゥ・レーヌブランシュをオープン
2006年 28歳で直営エステサロン2号店を大阪・北浜にオープン
2007年 サリダ新春号巻頭特集記事のインタビューを受け、自身のキャリアについて語る
2007年 「全国の頑張る美人発掘」(東京テレビ/’07.3.31放映)に出演
2008年 世界No.1エステティシャン(LPGインターナショナルコンテストL6(フェイシャル部門)2004年最優秀賞)、現・タラサ志摩ホテル&リゾート取締役社長、今野華都子氏との共同企画をレーヌ・ブランシュにて開催
2008年 「ズームインサタデー」(日本テレビ系/’08.6.14放映)の芦屋特集に出演